Mystandard

Episode 11 本澤裕治(「23区denim」プロデューサー)

世界一のデニムを作るスペシャリスト 本澤裕治と
Made in 日本人チームが登場

ドクターデニムホンザワのデニム作りは、「Made in Japan」な15社の企業から成る。左から、株式会社西江デニム・西江太一氏、同・中野耕資郎氏、本澤裕治氏、カイハラ株式会社・村田充弘氏、株式会社西江デニム・光城亮輔氏
photo: Rakutaro / interview & text: Kana Yamamoto / edit: Yuki Ishida

 



23区の25周年をセレブレートする特別インタビューシリーズ「My standard 25th」。第11回目にお迎えするのは、23区のデニムをプロデュースする“ドクターデニム”こと本澤裕治さん。「Made in Japan」クオリティで世界最高峰の製品を生み出すスペシャリストに、デニムへの情熱と23区のラインナップへのこだわりをうかがいました。


 

23区デニムに流れるリーバイスの血。「Made In 日本人」で最高のジーンズを作りあげる

 


本澤 裕治(ほんざわ ゆうじ):有限会社ドクターデニム ホンザワ代表取締役。国内外の大手ジーンズメーカーに勤務後、独立。豊富な知識と世界中のネットワークを武器に、100近くのブランドのジーンズのプロデュースに携わる“ドクターデニム”。「23区denim」のプロデューサーとして、11シーズン目をむかえる。

 

ー 今、日本のデニム界に革新を巻き起こしている本澤さんですが、「ドクターデニムホンザワ」とはどのようなチームなのでしょうか?

ジーンズ作りは一人ではできないんですね。「Made in 日本人」と謳っているのは、日本人にしか出せないクオリティがあるから。各工程で技術とこだわりを持ったプロがチームになって活動することではじめて生み出せるのです。

僕はいつもジーンズ作りにおいて大事なものは、「3F」であるという話をしています。「FIT(フィット)」「FABRIC(生地)」「FINISH(仕上げ加工)」の3つのF。ですが、つい最近、もう1つの重要なFを発見して「4F」になりました。

ー その4番目のFとは?

「Factory(工場)」です。先週上海の工場に行った際に、「あれ、日本にはFが足りてないよな」って思ったんです。組み立てる「工場」というパートナーがいないと、どんなに良い3Fが揃っていてもダメだと。日本のジーンズ業界の景気は現状、決して良くはなく、工場の閉鎖が続いています。日本の縫製業は衰退の一途をたどり、工場は中国から次世代のベトナム、ミャンマー、カンボジアへと移行しています。それらの新興国へ技術を橋渡しするためにも、日本に母体となるFが必要ですね。

僕らのチームの特徴は、僕が独立前に働いていたリーバイスジャパンでの繋がりがバックグラウンドにあるということ。カイハラデニム(国内デニムのトップシェアを誇るデニム生地メーカー)の生地を使って、西江デニムで加工し、リーバイスを作っていました。実は僕のブランド「レッドカード」は“隠れリーバイス”であり、レッドカードのノウハウ全てを活用して作っている23区デニムには、リーバイスの血が流れているんです。

 

本澤裕治のジーンズ物語

 

ー 2005年に独立されるまで、エドウインとリーバイスで働かれていますよね。

エドウインは純然たる日本企業で、ジーンズ作りの全てを自分たちでやる。今、「日本のジーンズは世界一」と言われていますが、そこまで改革・開発をしてきたのがエドウインという会社なんです。その現場でジーンズ作りの全行程を勉強できたことは、僕の強みになっていますね。

そして、一番変わったのが性格です。おじいちゃんやおばあちゃんに糸切りの内職を頼んで回る仕事もあって、他人とコミュニケーションをとらなければならなかった。以前は、人前でしゃべるとか、人の目を見て話すとかが苦手でしたが、性格が180度変わりました。

ー 一方、リーバイスはいかがでしたか?

リーバイスは外資系。能力だけが問われるので、何の指示もなくて自由。これでまた僕の性格が変わるんですね(笑)。内向的な人間から外向的になって、さらに発信する力を鍛えられました。外資系ではプレゼンテーションが命なので。

僕が入社した頃、実はリーバイスジャパンの売上はどん底でした。その時代の仲間は、何としても自分たちで変えていこうという意思があったので、寝ないで働きました。そして何より、ジーンズ誕生の歴史はリーバイスにある。そんな場所で働いて、商品力で売上を伸ばし、逆転を達成しました。プロダクトそのものの良さが認められれば、必ず売上に繋がっていくということを、身をもって体験したんです。

ー その愛すべき場所を去った理由は?

“Quality never goes out of style(質の良さは決して流行遅れにならない)”がリーバイスのモットーでしたが、不況になると外資系ですからドラスティックなコストカットが始まるんです。ジレンマに陥り、辞めようと決意しました。自分の作りたいジーンズで、リーバイスに挑めるようなブランドを作りたいと思ったんです。結局、リーバイスのことが大好きな裏返しなんです。

 

23区デニムに注がれる匠の技

 



西江デニムの西江太一氏が実際の加工を見せてくれた。「縫い上がってきたジーンズにまず紙やすりをかけて、人が履いて擦れた感じを出します。単調に削るだけでなく、縦に入れたり髭を入れたりします。23区デニムの加工感が本格的なのは、こういう過程を経ているからなんです」。使用する紙やすりも日本製というこだわり

 

ー 23区のデニムをプロデュースすることになったきっかけは?

それには、西江デニムの中野(耕資郎)さんの存在が欠かせません。23区 GINZAでレッドカードを展開しているのですが、23区チーフデザイナーの麦倉さんがとても商品を気に入ってくれていて。商品の共同開発を見据えて、23区さんをご紹介いただいたんです。23区らしい「凛とした」デニムを意識しつつ、圧倒的なマーケットスケールを持つ23区だからこそできるデニム作りを心がけています。

 


「糸、素材、加工感、付属品などデニムに関わるすべての要素を本澤さんに委ねながら、麦倉さんが描くデニムを融合させながら作ります」(西江デニム・中野耕資郎氏)。当時、中野さんは本澤さんと入れ違いにリーバイスに入社したそう

 

ー 企画会議はどのように行われているのですか?

ストイックに絞り出す感じです(笑)。23区はブランドしてどうしていくのか、という立ち位置がしっかりとしている。流行とかじゃないんですよね。商談の時には、麦倉さんの中でやりたいことは決まっているんです。

僕はテレパシーって言っているんですけど、麦倉さんはデザインをするプロで、パターンを引くプロの光城くんがいて、僕はジーンズをプロデュースするプロ。プロが集まると会話はなくていい。1つのキーワードから、テレパシーで話している感じになるんです。

ジーンズって不思議ですよね。もとは男性用の作業衣類として始まっているので、その土台を僕たちがしっかりと作り、麦倉さんたちの女性的なニュアンスが入ることで、求められる良いジーンズができるのかなって思います。

 


西江デニムのパタンナー、光城亮輔氏。23区オリジナルのパターンを、麦倉氏のデザインと本澤氏のアイデアを「感じ取り」ながらアレンジしていく。「こういう仕事って感じ取ることだと思っています。麦倉ラインというのがあって、パターンを引くにあたって麦倉さんの描かれたデザインをイメージしています。23区の女性らしさ+男から見てもカッコ良いものを目指しています」

 

ー 23区デニムはパターン以外にも細部にまでこだわりがあるそうですね。

それは、西江デニムのこだわりなんです。シェーディング(経時加工)するためにいろいろなタイプの紙やすりや石を使って、一本一本、職人が手作業しています。

 


手で擦れない部分はこれらの石を使って経時変化の加工を施し、ヴィンテージ感を出している

 

加工感というのは、生地がどう作られているかによって違ってきます。良い生地を使わないと、良い製品は作れないんです。レッドカードで開発したものを応用して使っているのですが、その中でベストなのがカイハラデニムの生地。これでもう仕上がりが決まってくるんです。

 


「23区で使っている生地です。縦糸にスーピマコットンという高級綿を使っている上質なストレッチ素材が中心です。繊維長が長いためとてもソフトフィットで、光沢感があり発色が良いという特徴があります」(カイハラ株式会社・村田充弘氏)

 

ジーンズって、けっこう流行があるのですが、ふと振り返ってみて安心して使える生地となると、カイハラデニムに行き着くわけです。日本でも一番だけど、世界でもそのクオリティは一番。デニム生地界のレクサスですから。カイハラデニムの工場は、世界一自動化されており、最新鋭の工場であるというのもクオリティ。それが、先程お話した4つ目の「F」ってことなんですね。

 


着物の手織正藍染絣(かすり)で創業し、1970年代にデニム事業に転換したカイハラデニム。絣もデニムも、「藍染」で「織物」という点で共通している。色落ちが前提のジーンズは糸の中心部まで染めてはいけない。それをコントロールするのが絣の技術となる

 

ドクターデニムホンザワプロデュースの23区デニムライン

 

 

ー 23区の2018年春夏シーズンのプロダクトについて教えてください。

ラインナップはフレアスカートタイトスカートパンツシャツジャケット。最近の傾向としては、スカートが増え、5ポケットじゃなくなっていて、「よりキレイめ」が望まれています。ジーンズらしさの象徴でもあるスラブ(縦スジ)をあえて出さない方向に向かっている。もしかすると、2018年の春夏シーズンがスラブの入っているデニムラインの最後になるんじゃないかなって予測しています。今後は、色落ちしないデニムなど、これまでの常識を打ち破るような生地にも挑戦していきたいですね。

 

インスピレーションに欠かせない街、ニューヨークとロンドン

 

 

ー 日頃から、インスピレーションを得るためにしていることはありますか?

僕はNYとロンドンに行くようにしています。 NYは新しいものがどんどん生まれる街。片やロンドンは伝統を守り大切にする街。ですが、この2つの街はとても似ている。結局、新しい文化が生まれるんです。そういう街はとてもパワーがあるので、モノづくりのパワーをもらいに行きます。

ー どんなスポットを訪れるのですか?

おいしいものを食べに行くようにしています。

ー 「食」が重要?

エドウイン時代に上司に言われたことがあります。「良いものを食べない人は、良いものを作れない」って。なるほどな、って思うんですよね。結局、良い素材があって、それに合った調理の仕方があって。料理にも流行がすごくある。食べることも勉強です。でも、具体的なジーンズのアイデアは、工場に行った時に浮かんできますね。手を動かして作っている人、加工する人たちを見ているとイメージが湧いてきます。

 


ドクターデニムだけに、本澤氏はクライアントごとにデニム診断書なるカルテを書いている。エドウイン時代にノートをとることを叩き込まれたそうだ。まるで暗号のような内容

 

23区と描く未来

 


リベットに刻印にされている数字は、23区と本澤氏が初めて出会った2012年の11月2日。ロマンティックな演出だ

 

ー 今後、日本のデニム産業における野望はありますか?

日本の企業を、技術を、守りたい。

ー 世界的に「ジーンズと言えば日本」と言われるのが、当たり前になる日が来るかもしれませんね

そうしたいです。23区とのお仕事も、そこに通じる1つの道だと思っています。

日本の企業を、技術を、守りたい。

ー 23区とやってみたいことはありますか?

日本全国、百貨店行脚の旅! 行く先々で展示即売会をやりたいんです。ドクターデニムのメンバー自ら手から手へ、ネットじゃ買えないものを届けたい。ジーンズを履いたことがない人に、「あなたのジーンズがありますよ」って伝えたい。僕の今年のテーマは「真逆」「二極化」。ネットで買うことと手売り、その2つがないとこれからはビジネスにならないと考えています。

ー 25周年を迎える23区にメッセージをお願いします。

「凄い」の一言ですね。もっともっと良いものを作るので、ぜひこれからも一緒に仕事をさせてください。僕たちはもうこれ専業で、朝から晩までやっているからね。“違うことをしない強み”にはご期待ください。