Mystandard


Episode 01 江頭 毅(ブランドマネージャー)

23区ブランドストーリー。
和名に込めた想いから、窮地を救ったヒットアイテムまで。


江頭 毅(えがしらたけし):株式会社オンワード樫山 執行役員、23区事業本部長。1998年入社。東京店23区販売課に配属後、事業本部商品課(MD職)へ。2013年より現職。
photo: Rakutaro / interview & text: Kana Yamamoto / edit: Yuki Ishida

 

1993年に誕生した「23区」。2017年は、25周年を迎える記念の年。0歳だった赤ちゃんが立派なオトナになるほどの長い時間、23区は日本のアパレル業界を牽引してきたのです。23区ブランドマネージャーの江頭毅さんに、誕生秘話などについてうかがいました。擬人化するとしたら、「凛とした粋な女性」像が浮き上がってくるブランド、23区のお話です。

 

洋名全盛期のアパレル業界で、あえて「和名」にこだわった想い

ー 25周年おめでとうございます。オンワードの歴史の中で見ると「組曲」の一年後に立ち上がった「23区」は、どのような想いを乗せてスタートされたのでしょうか?

23区は、30代の女性をターゲットにした「質の高いカジュアルウェアブランド」として、1993年の秋冬シーズンにデビューしました。当時、婦人服のメインの売り場であった百貨店では、2階はヤング婦人服、3階がミセス婦人服と2フロアに分かれていました。23区は、その中間の「2.5階」という価値観、つまり、ヤングでもなくミセスでもない方々に向けて立ち上げたブランドなんです。


ー "2.5階"の女性たちに向けて、具体的にはどのような価値観を提案したのでしょうか?

これはデビューから一貫していますが、「上質なモノをリーズナブルに」というコンセプトを徹底しています。例えば、イタリアからのインポート生地を多用しながらも、縫製はイタリアではなく日本か中国で行うことで、よりリーズナブルに提供できるようにしたり。1993年8月18日、広島県に1号店を、次いで8月19日には西武渋谷店(※現在は撤退)に東京の1号店を、そして月末までに48店舗をオープンし、全社を挙げてデビューを果たしたと聞いています。


ー 「23区」のブランド名の由来を教えてください。

名前の通り、23のパーツ(区)で構成された「東京」のイメージから生み出されたそうです。つまり、着回しのできる単品を自在に組み合わせて、「自分らしいコーディネートを楽しもう」というメッセージが込められています。


ー 「組曲」「五大陸」とともに和名ですが、どのように発想されたのでしょうか?

当時の経営者の「日本発の国際服を」という思想が反映されています。私が解釈するに、「日本人の目線で、細やかな発想や文化的背景を大切にした洋服作り」を目指したブランドであると理解しています。ですが、和名をつけることには、社内で猛反対に遭ったそうです。その時代の感覚から言うと、洋名の方が格好良いし、好まれていた。今でこそ違和感はありませんが、「組曲」と聞いて反対の声が上がるのは容易に想像できたと思いますし、「23区」も同様に「それがブランド名?」というリアクションになりますよね。よほどの情熱がないと、このような思い切った提案はできません。そして、先ほどお話しした「上質なモノをリーズナブルに」というコンセプトは、ある意味、価格破壊を起こすことでもあります。このような変革にしろ、日本語のブランド名にしろ、当時は業界的にもかなりセンセーショナルだったと先代から聞いています。

 


23区デビュー時のデザイン画

 

リブランディングを繰り返し、時代と女性とともに生きる

ー 23区は、「Japanese Women's Standard(ジャパニーズ・ウィメンズ・スタンダード)」というメッセージを掲げられています。

2015年に改めて宣言をしました。現代の女性は、とても多面的ですよね。ある人は、母であり妻であり、さらに仕事人としてだけでなく、趣味の世界での顔もある。デビュー当時と比較すると、消費の多様化はさらに進み、良い意味で強くて優しい女性が増えている。スタイルを持っている、あるいは持とうとしている女性が多くなってきている。世代を超えて、時代を越えて、広く長く愛される服を提供していくことが、23区の役目なのだと考えています。


ー ちなみに、江頭さんが思う「強い女性」像とはどのようなイメージですか?

「内面から出てくる凛とした強さ」でしょうか。「しなやかで自立した強さ」という言い方が適しているかもしれません。23区は「マニッシュすぎない」「エレガントすぎない」「カジュアルすぎない」...など、「~~すぎない」感じが合うと思うんです。品が良くて、シンプルなデザイン。ブランド創立より変わらない、組み合わせの妙でその人自身を素敵に映し出せる洋服。現代の女性たちに向けて、デザイナーたちはそんなことを心がけて作っています。

 


「和名」にこだわるのと同様に、広告モデルにも日本人のミューズを起用してきた。ブランドデビューを飾った樋口可南子、中山美穂、菅野美穂、松岡モナなど、その時代とともに記憶に刻まれる。23区はリブランディングを何度か繰り返しながら、時代のニーズに対応してきた

 

ヒットアイテム! 救世主となったラムレザージャケットにまつわる秘話

ー 25年の歴史の中でも、記憶に残るヒット商品と言えばどのようなものがありますか?

ここ数年では断トツで、「シャツ」。ジャケットやニットの下に着るようなベーシックなスタイルから、最近は一枚で様になるデザインものが好評を得ています。チーフデザイナーはじめスタッフ一同、かなりのエネルギーを注いでシャツ開発をやってきたこともあり、過去10年で一番売上が伸びているアイテムです。

長い歴史の中、2008年9月のリーマンショックの影響は相当に大きかったですね。テレビCMもあまり効果はなく、売上は横ばいに。そこで救世主となったのが「ラムレザージャケット」。このラムレザーの大ヒットは、23区の「上質&リーズナブル」戦略を追求した結果でもあるんです。「価値のあるものを、びっくりするくらいの価格で提供できたら」と、一年前に原皮を確保して勝負に出ました。天然素材は"有限"なので、良いものは早い者勝ちなんです。競合ブランドは商品に6万円台をつけていましたが、私たちは4万9千円で提供することができ、在庫不足になる程のヒットとなりました。

 

 

これからの23区。服から生まれる上質のライフスタイル

ー 今後、23区が目指すビジョンについて教えてください。

2年前に「ブランドバイブル」というブックを社内用に作成しました。これまで語り継がれてきた「23区とは」というコンセプトをまとめた、常に立ち返れる"存在"が必要であると感じたんです。このバイブルで謳っているのは、作る側の私たちが「美意識を磨こう」「心の豊かさを持とう」というメッセージです。それが、結果としてお客様に商品やサービスとして提供できるようになる。各スタッフがそれらを育むために、「自然の恵みや美しさを感じましょう」「料理に美意識を発揮しましょう」といった、ライフスタイルに関する項目が書かれています。自ら実践し、徹底していこうという誓いみたいなものでしょうか。


ー 江頭さんご自身は、美意識を高めるためにどのようなことをされていますか?

散々語っておきながら、みなさんに誇れるような過ごし方はできていませんが(笑)、最近は、相撲観戦にハマっています。できるだけ、本物や上質なものに触れる機会を持つようにはしています。日本人でありながら日本のことを知らなすぎると思うので、その勉強も兼ねて。

 


2年前、23周年の時に作られた「ブランドバイブル」。美しい写真とともに、心に留めておきたいメッセージが並ぶ

 

今後のビジョンという話に戻りますが、昨今、ファストファッションが全盛となり、消費の中でも洋服代は通信費よりも優先順位が下がっています。その流れを止めることは簡単ではありませんが、ファストファッションが洋服のスタンダードであるとは思ってほしくない。リスクをとっても良い素材を仕入れ、質の高いものをリーズナブルに提供するというポリシーのもと、価格以上の価値を伝えることが我々の使命だと思うんです。
 

 

My standard とは

私たちの生活はモノで満たされています。新しい商品が次から次へと消費される時代。
モノが飽和している時代だからこそ、長く使い続けられる“パートナー選び”が大切です。
良質なモノは私たちの生活に潤いをもたらし、豊かにしてくれます。
それは決して高額なモノではなく、希少価値だけを追い求めたモノではありません。
もちろんスタンダードの価値観は千差万別。ゆえに私たちは様々な方向からスタンダードを検証します。

We propose a high quality standard for the color in your life.